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東京高等裁判所 平成5年(う)618号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人白井正明、同白井典子が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一  事実誤認及び法令の適用の誤りの主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人に対し、原判示第三の一ないし四の強盗の各事実のうち、第三の一のゲーム喫茶「乙山」関係の事実についてのみ自首が成立することを認め、第三の二ないし四のゲーム喫茶「丙川」関係の事実については、自首に該当しないと判示しているが、被告人は、右すべての犯行について捜査機関に発覚する前に高崎警察署に出頭し、自発的に自己の犯行について供述して自首したものであり、被告人に対しては、これらの事実について自首減軽すべきであるのに、原判決は、自首の成立を認めたゲーム喫茶「乙山」関係の事実を含め、右強盗の各事実について自首減軽をしなかつたものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認及び法令の適用の誤りがある、というのである。そこで、以下、検討する。

一  当審において取り調べた証人Aの公判供述、証人B、同Cの証人尋問調書を含む関係証拠によれば、被告人は、原判示第三の一ないし四の各強盗の犯行後、第三の二ないし四の被害店舗であるゲーム喫茶「丙川」と関わりを有する暴力団関係者から報復を受けて暴力団事務所に拉致、監禁されたうえ暴行を受けるなどし、このような事態になつたからにはむしろ捜査機関に出頭して自己の犯行について供述し、警察の保護を受けようという気になり、平成四年六月一六日右暴力団関係者から、拉致、監禁の事実やゲーム喫茶店と暴力団との関わり等については口外しない旨の約束で解放され、暴力団事務所から自動車で高崎警察署へ赴いたが、その途中、かつてゲーム喫茶店の同業者組合の役員をしていた者で、暴力団関係から被告人が自首すると述べているので連れていつてもらいたい旨依頼されて出向いたAと落ち合い、同人の自動車に乗換え、同人とともに同署に出頭し、事情聴取に当たつた警察官に自己が前記ゲーム喫茶「丙川」関係及び原判示第三の一の「乙山」関係の各強盗の犯行に加わつたことについて供述したことが認められるところ、高崎警察署の警察官らは、被告人が同署に出頭する以前の段階で、管内において発生した銀行強盗未遂事件の捜査中、風評や匿名電話でゲーム喫茶店において強盗事件が発生したらしいことを知り、前記六月一六日かその前日ころには、前記Aから、(「丙川」の強盗事件の犯人の)甲野太郎を警察に連れて行く。」旨の電話連絡を受け、右強盗事件の犯人とされる甲野太郎なる者が同署に来署することを知つたことが認められる。

二  右のように、被告人が高崎警察署に出頭し、本件各強盗事件について自供するに至つたのは、ゲーム喫茶「丙川」と関わりのある暴力団関係者から拉致、監禁され、暴行を受けるなどして、追いつめられた状況に立ち至つたことが契機になつていたとはいえ、被告人は、暴力団の手から逃れるため自らの判断により同署に出頭して本件一連の強盗事件について自供し、自己の処分を捜査機関に委ねることを決意したものと認められ、原判決が説示するように、被告人がその意に反して暴力団関係者等から警察に突き出されるような状況で同署に出頭したとまでは認めがたく、また、前記のとおり、高崎警察署の警察官らにおいて、同署に出頭した被告人から本件各強盗事件について自供を得る以前の段階で、ゲーム喫茶店が強盗の被害に遭つた模様であることや犯人の一人の名前が「甲野太郎」なるものであることなどについてある程度の情報を得ていたことが認められるものの、その内容は既に述べたように具体性や裏付けの乏しいもので、警察官らの聞いた「甲野太郎」なる人名と被告人との結び付きも不確かなものであつたことが窺われ、結局右段階で高崎警察署の警察官らにおいて本件各強盗事件について把握していた事実は、いわゆる風評の域を大きく越えるものではなかつたと認められ、いまだ捜査機関において相当な合理的根拠によつて犯罪を知り、犯人を特定していたとまではいえず、右各強盗事件やその犯人が捜査機関に発覚していたとは認めがたい。

三  そうすると、被告人は、原判示第三の一の「乙山」関係の事件についてのみならず、高崎警察署に出頭する直接の契機となつた第三の二ないし四の「丙川」関係の事実についても、法律上自首したものと認めるのが相当であり、原判決が、「量刑の事由等」の項において、右「丙川」関係の事実については、自首に該当するとは認めがたい旨判示し、これにつき自首の成立を認めなかつたのは、法令適用の前提となる事実を誤認し、結局、法令適用の誤りを冒したものというべきである。

しかしながら、自首につき法律上の減軽をするかどうかは裁判所の合理的裁量に属するものであるところ、右自首の経緯や後記第二において述べる本件諸般の事情を考慮すると、被告人に対し、原判示強盗の各事実について自首減軽を施すことが相当であつたとは認められないから、原判決の前記法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない。論旨は理由がない。

第二  量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役五年に処した原判決の量刑は、重過ぎて不当であり、刑期を減ずるとともに刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

一  D、Eらが、いずれも無免許であり、同人らが無免許運転の発覚を免れるため、フィリッピン国際運転免許証を不正に入手し、これを携帯して自動車を運転するとともに、交通取締等の際、警察官にこれを提示して無免許運転の発覚を免れようとしていることなどの情を知りながら、同人らから右運転免許証の斡旋を依頼されて、偽造されたフィリッピン自動車協会作成名義の国際運転免許証を、前記Dに五万円で、前記Eに一〇万円でそれぞれ売却し、

1(一)  右Dが原判示第一の一の日時、場所において、無免許で普通乗用自動車を運転するのを容易にさせて、同人の無免許運転行為を幇助し(原判示第一の一の事実)、

(二)  同人が、右日時、場所において、警察官から、座席ベルト装着義務違反として取調べを受け、運転免許証の提示を求められた際、警察官に対し、前記偽造にかかるフィリッピン自動車協会作成名義の国際運転免許証を、真正に成立したもののように装い提出して行使するのを容易にさせ、同人の偽造有印私文書行使の行為を幇助し(原判示第一の二の事実)、

2  前記Eが、原判示第二の一ないし三の各日時場所において、同記載のとおり、三回にわたり、無免許で普通乗用自動車を運転するのを容易にさせ、同人の右各無免許運転行為を幇助し(原判示第二の一ないし三の各事実)、

二  暴力団組員のF、G、外国人の通称Kと共謀のうえ、ゲーム喫茶店から金品を強取しようと企て、

1  原判示第三の一の日時に、同記載のゲーム喫茶「乙山」店内において、同店経営者H(当時二九年)に対し、所携の包丁用の凶器を突き付けて、暗に金品を要求し、その犯行を抑圧して同人からその所有にかかる現金約二〇万円及びネックレス一本(時価約一三万円相当)を強取し(原判示第三の一の事実)、

2  原判示第三の二の日時に、同記載のゲーム喫茶「丙川」店内において、同店経営者I(当時二五年)に対し、所携の登山ナイフ及びけん銃様の凶器を突き付け、原判示のような脅し文句を言つて暗に金品を要求し、更に、「もつと出せ。」などと申し向け、けん銃様の凶器で同人の顔面を殴打するなどし、その犯行を抑圧して同人からその所有にかかる現金約三〇万二〇〇〇円在中の財布一個を強取し(原判示第三の二の事実)、

3  原判示第三の三の日時に、前記ゲーム喫茶「丙川」店内において、同店従業員J(同時二〇年)に対し、所携の登山ナイフ及びけん銃様の凶器を突き付けて、原判示のように申し向けて暗に金品を要求し、その犯行を抑圧して同人から前記I所有にかかる現金約二五万円を強取し(原判示第三の三の事実)、

4  原判示第三の四の日時に、前記ゲーム喫茶「丙川」店内において、前記Iに対し、所携のバールでその背中を殴り付けたうえ、「てめえ、金は。」などと申し向けて金員を要求し、その犯行を抑圧して同人からその所有にかかる現金約二二万円を強取した(原判示第三の四の事実)、

という事案である。

一  原判示第三の一ないし四の一連の強盗の犯行は、被告人が前記Fらと共謀のうえ、原判示の各ゲーム喫茶店が、いわゆるゲーム賭博をやつているので、強盗の被害を受けても警察に届け出ないであろうと考え、あらかじめ被害各店舗の下見をするなどし、役割分担のうえ、計画的に短時間のうちに四回にわたり、うち三回については同一のゲーム喫茶店「丙川」を狙い、その経営者や従業員に対して、凶器を使用するなどして、連続的に金品強取の犯行を重ねたという極めて大胆かつ悪質な事犯であり、その被害額も現金合計約九七万二〇〇〇円、物品二点(時価約一三万円)にのぼる多額なものである。被告人は、右各犯行当時殆ど仕事もしておらず、金銭に窮していたことから、分け前を期待して右各強盗の犯行に加担し、下見や犯行後逃走するためなどに使用した自動車の運転、犯行現場における見張り等の役割を分担し、また、時には、犯行現場において、被害者に対し、「追い掛けたろう。」などと申し向け、被告人らがその以前に同じゲーム喫茶店で強盗の犯行に及んだ際のことについて詰問するなどもしており(原判示第三の四の犯行)、被告人が右各犯行において果たした役割は、金品強取の実行行為者である主犯格のFに次いで重要なものであり(共犯者のうち、Gは犯行場所の地理に詳しいところから案内役を務めたが、犯行場所には臨んでいない。KはFにつき従つていたものの、加功の程度は従属的なものである。)、被告人がこれら各犯行の分け前として現金合計二八万円の分配を受けていること(ただし、そのなかからKに五万円を分与した。)などを考えると、これら一連の強盗の事犯における被告人の罪責は極めて重大というべきである。

二  また、原判示第一、第二の無免許運転幇助、偽造有印私文書行使幇助の各犯行は、知合いの外国人から偽造された国際運転免許証を入手し、運転免許を有しない者に、「警察官に聞かれたら自分でフィリッピンへ行つて取得したと述べるように。」と言い含めてこれを売り渡し、その無免許運転行為等を幇助するなどその犯情は悪質で、強い非難に値するものである。

三  所論は、量刑事情として、被告人は、原判示第三の一のゲーム喫茶「乙山」における強盗の犯行について、事前に共謀をしておらず、Fらが突然「乙山」店内に入つて強盗をし、被告人は心ならずも同人らの犯行に加担させられてしまつたもので、被告人は、右犯行については、たかだか見張りをして幇助的な役割をしたに過ぎないと主張する。

しかし、関係証拠によれば、被告人及び共犯者らは、右犯行前、強盗をするのに適当なゲーム喫茶店を物色し、被告人の運転する自動車で高崎市内のゲーム喫茶店数店を回り、原判示ゲーム喫茶「乙山」の駐車場には駐車中の車両の台数が少なく、客も少なそうだから犯行がしやすいであろう、と考えて同店を襲うことに決めたこと、地元の地理に詳しい共犯者のGは、自動車運転の役割を担当していた被告人に、あらかじめ犯行後の逃走経路を教えていたことなどが認められ、被告人が、原判示第三の一の犯行について、共犯者らと事前に共謀したことは疑いがなく、所論は採用の限りではない。

四  所論は、また、被告人は、暴力団員の前記F、Gらに強制され、同人らに威圧されて、期待可能性がないともいえる状況で、やむなく本件強盗の各犯行に加担させられたものであると主張し、被告人も公判において同旨の供述をするけれども、被告人は、捜査段階においては、「強盗をした分け前が欲しくて仲間に加わつたことは間違いない。」、「別にFらから殴られたり、脅かされたりしたという訳ではない。」と述べており、関係証拠に照らしても、被告人の捜査段階における右供述の信用性を窺わしいとする格別の事情は見当たらず、被告人のF、Gらとの交際状況、被告人が当時金銭に窮し犯行に加担する強い動機を有していたこと、前記のように被告人が強盗の各犯行による現金の被害額約九七万円余のうち、自己の取得額からKに分与した五万円を除いても二三万円の分け前を得ていることなどの諸状況をも考えると、本件強盗の各犯行について、被告人がもつぱらF、Gらの強要によつて犯行に加担させられたなどとは到底認められず、所論は採るを得ない。

五  そうしてみると、被告人には交通事犯で二回罰金に処せられた以外には前科がないこと、強盗の各犯行の被害者であるゲーム喫茶店側にも日常的に賭博行為をし暴力団と関わりを有していたことが窺われること、被告人がその暴力団関係者から報復を受けて、拉致、監禁され暴行を受けるなどしたこと、強盗の各犯行について自首したこと、母が監督を誓つていること、妻子を抱えた家庭の状況、被告人の反省の態度、その他被告人のため酌量することができる諸事情を十分斟酌してみても、本件各強盗事件の共犯者のうち公訴を提起されたGに対する起訴事実が、原判示第三の一ないし三の三件の強盗事件のみであり、また、累犯前科があるとはいえ前記のとおり同人はいずれの犯行についても犯行現場に臨んでおらず、主犯格とは認められないにも拘らず、同人について懲役六年の刑が確定していること(他の共犯者らは所在不明)なども考慮すると、本件が被告人に対し刑の執行を猶予するのを相当とする事案とは到底認められず、原判決の量刑は刑期の点においてもやむを得ないもので、これが重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

(なお、原判示第一の一、二及び第二の一ないし三は、それぞれ一個の行為(幇助行為)で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により各一罪として処断するとともに、第二については刑の選択をすべきであるのに、原判決がこれらをしていないことは明らかであるから、原判決には法令適用の誤りがあるといわなければならないが、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかとは認められない。)

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林 充 裁判官 中野保昭 裁判官 小川正明)

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